父に頑固一徹を貫き通して欲しくて、自然素材の家づくりを一生涯の仕事にしたのです

絶対に嫌だった少年時代

子供の頃の記憶をたどると、父親はなぜこんなに頑固で、すぐに怒り、頭ごなしな言い方をして、休みもなく働くのか? なぜ自分と遊ぶ時間がないのか・・・そうした思いを日々抱えていました。そして、父親のような大人には絶対にならない。休みもなく働かなければならない建築屋には絶対にならない、と決めていました。

テニスが生きがい

父への反発は、小学校・中学校・高校と続き、大学も文化系に進みました。運動が得意で、テニスは小学校6年生から始め、中学時代はテニス部に入りました。しかし、経験者であり、ちょっと上手かったこともあり、テニス部の先輩から数々の嫌がらせを受けました。高校時代には、さらに嫌がらせがエスカレートし、まさにいじめでした。私を辞めさせるために、相当厳しいトレーニングを課せられました。 辞めてしまえば良かったのですが、辞めたら負ける気がしたので、絶対に辞められませんでした。結局、まともにボールを打てるようになったのは、その先輩達が引退してからでした。 学生時代にはアルバイトでコーチもしていました。 テニスの楽しさを伝え、いかに簡単に上達してもらおうかと、様々なコーチングの方法を学びました。そのテニススクールでは、年齢に関係なく様々な人々と出会い、話をする機会があり、勉強になりました。将来の仕事はどんなことでも、アットホームで、技術向上の為に真剣であり、こんな環境・思いの中で仕事がしたいと漠然と思っていました。

突然の決意、蛙の子は蛙

就職活動の際、色々自分に向いている仕事を探しましたがなかなか考えがまとまらないでいる時のことです。
突然、電話がありました。
あの頑固な父親が心筋梗塞で倒れたというのです。あと30分処置が遅れたらどうなっていたかという状況を聞かされ、就職を考えていた私はその時やっと進む道が固まったのです。
それは、なんと「将来、頑固な父親と独立し会社を作ろう」という決意だったのです。
なぜあれほど嫌だった父と同じ道を歩み、そして父と一緒に建築会社をやりたいと決めたのか・・・
それは、私自身、社会人になるに当たって、父の真剣さ、仕事にかける情熱、頑固さに、反発しながらも憧れとか、尊敬の気持ちがあることに気がついたのです。そして、父が大好きだという気持ちにも気が付いたのです。
「父と同じ建築の仕事がしたい」、そう考えた私は、テニスのバイトの傍ら、2級建築士の免許を取得しました。

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一年後にはシアトル

建築素人で子供の頃、現場の掃除しか手伝った事がない私が、知人の紹介で創業80年の老舗の建設会社に就職させてもらいました。しかしこの就職を期に今まで自分がぬるま湯に浸かっていたことを知り、生活が一変しました。
そこでは輸入住宅を勉強させてもらいました。
現地の規格そのままの輸入住宅ということで、アメリカのシアトルに年1回2~3週間の期間で研修がありました。アメリカ人の友人も出来、やる気満々の研修を毎年楽しみにしていました。
アメリカでの研修内容は工期が一週間で住めるまでの家を造るという過酷な作業です。最初は参加者が皆、そんな工期で建てられっこないと決めつけて作業していたため、初日はアメリカ人に怒られました。しかしアメリカ人の方は三日目・四日目には、ほぼ外観が終わり、残すは内装工事だけになっていました。
本当に1週間たらずで完成したのです。
研修はアメリカのボランティア団体とのタイアップで、アメリカの低所得者に低金利で家をプレゼントするという企画でした。そのため、内装はシンプルそのものでした。しかし本当に一週間で引渡し(基礎は別ですが)本当に引越し、もの凄い企画でした。引渡しの際、施主のアメリカ人の「これが私の家!!!」っという、半分パニックになりながらの嬉しそうなリアクションが忘れられませんでした。

カッコイイ家が、いい家?

そんな想いもあって、輸入住宅の仕事は憧れでした。
デザインや他社と違う見栄えのする、いわゆるあこがれの輸入住宅を建てていることに誇りを持って仕事をしていました。
しかし施工方法を父親に相談したり、建築を段々と知っていくと、湿気の多い日本で湿気の少ない国の家をそのまま建てる、日本の風土に直輸入の建物はどうなのか? という疑問にぶつかりました。
施工方法を現地に問い合わせしてみても、その部分はコーキングで処理して下さいとか、見えない所なので問題ない、とまで言われ、きちんとした施工方法で完璧な輸入住宅を造りたいと思っていた私は自分だけの力ではうにもならないと思い、何度か社内会議で取り上げてもらいました。
しかし、なかなか自分の意見を取り入れてもらえませんでした。材料の問題も多数ありました。あげくには、「現場の不具合は自分で直せ」とまで言われ、連日夜中まで作業をして引き渡した家もありました。
その頃はそれでも、必死に良い物を造ろうとしていました。

父の会社が倒産、動き出した2人3脚

そんな時、サラリーマンだった父親の会社が倒産しました。
建築家の作品や別荘、その他公共工事、現場監督も数十人いる会社でした。
知らないうちに、連帯保証人にされてからの倒産で、父は数千万の大きな借金を負わされてしまったのです。家中がギクシャクし、家では話も出来ない状況で、父親の機嫌が悪く家にはいれませんでした。
倒産や今後を考えると相当のストレスだったのでしょう、また父親が心臓の手術をしました、しかし私にはどうする事も出来ず、日々作業をこなす事で追われていました。

後悔したくない、今自分が行くしかない

父の再就職先は設計事務所の工事部でした。工事部といってもスタッフは父一人、現場管理、段取り、打合せ、現場雑工、全て一人でこなすという立場でした。
心臓に爆弾を持っている父親にはキツイ仕事の現状を目の当たりにし、今自分が何かをしなければ、後で後悔するかもしれない。「今自分が行くしかない」という直感で、輸入会社を辞め、その設計事務所にお世話になることを決めました。
初めて父と行動を共にしたのです。
その時は鬼の現場監督の息子ということで、協力業者さんと、会社との間に挟まれる仕事場になりましたが、良い家を造ろうという思いをモットーに、協力会社さんに言いにくい話もして、頑張りました。
しかし私は、「性格だけは父親のマネはしない」と決めていましたので、協力業者さんやお客様に対する対応が柔らかすぎるかなと思ったりすることもありますが、それも自分の良さだと信じて、その立場をこなしたのです。

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建てたい家は、達成感のある家

その設計事務所では4年間、メーカーの下請け、設計事務所の下請け、自社物件と近代的なデザナーズな建物と色々変わった建物を建てさせてもらい、とても勉強になりました。
しかし工事が完工した時に、何か引っかかる、何かが違う気がしていました。つまり、達成感が無かったのです。その4年間の間に私は結婚をして2児の父親にもなりました。子供が出来たせいか、健康住宅、自然素材、というものに興味が出てきました。
それから自然素材、健康住宅を勉強し始めました。
その何かが違うと思う引っかかりのことを考え、そして気が付きました。
それは、「誰にとっての満足する家を建てるのか」ということだったのです。
メーカーの満足、設計士の満足、施工者の満足、お客様の満足・・・
父と母と、私と私の妻、家族会議をしてでた答えが、4年間お世話になった設計事務所を父と二人で退職し、現在の会社を立ち上げるということでした。そして自然素材の家を建てようと考えたのです。
引渡しの時に、お客様に喜んで頂き、本当に達成感を感じられる仕事がしたかったのです。

圧倒された本物の自然素材の家

私達は、ただ自然素材を使った住宅を建てよう、という考えではありませんでしたが、ある一軒の住宅を見てから、その本物の自然素材に圧倒され、本格的に気持ちが動き出したのです。
日本の風土に合った、住宅とは、と常に考えどのように湿気を逃がし、結露を防ぎと勉強してまいりました。どの世代の方にも自然素材を体感していただき、その居心地、温かさを知っていただきたいと思ったのです。

夢に描いた心地いい“達成感”

最近は、テニスのコーチをしていた時の雰囲気に似た自分にとって心地良い経験をさせて頂く機会が増えました。
輸入住宅の時にも、設計事務所の時にも感じられなかった心地良い達成感です。
こんなこともありました。
電話があって、自然素材について教えて欲しいというのです。
ご来社頂き、詳しく話をお聞きすると、既に他社と契約しているということでしが、お聞きになりたいということに関しては説明して差し上げました。その後、自然素材を使った住宅を体感したいとのお申し出があったので、自然素材の住宅と工業化製品でできた住宅の両方を体感して頂きました。
私としてはそのお客様が他社との契約を解除するとも思えなかったので、ただご説明しただけでした。しかし後日、他社との契約を解除するので、自分達の家を建てて欲しいとのご連絡をいただき、本当に驚いたのです。
やはり、「本物の自然素材の家を体感してもらうと、その居心地の良さが伝わる。温かさが伝わる」んだ。と、私達の独立するきっかけになった、家づくりの思い、自然素材への思いは間違ってなかったということを実感した瞬間でした。
私は、そのお客様との打合せ時、施工時、引き渡し時、時々の対話、その雰囲気がとても心地よく、最高に充実した時間でした。自然素材の家づくりをしていて本当に幸せを感じられる瞬間でした。

頑固な父と、頑固に「いい家」を作ります

私はこれからも、仕事に厳しく、頑固な父親と自然素材を使った健康住宅をお客様に体感してもらい、家の良さは既製品の豪華さではなく、住み心地、居心地の良さだということを伝えていきたいと思っております。
今まで、RC造、S造、工業化製品の木造、自然素材の木造と、一通り勉強し施工してきました。どの工法にもメリットやデメリットがあります。試行錯誤はありましたが、今ようやく誰にでも自慢できる「本物の自然素材の家」を建てることが出来るようになりました。
この経験を元に頑固な現場人の父親と共に、これからも「本当に、いい家」を建てて行こうと思います。

追伸:

「蛙の子は、蛙」実は、私も建築の仕事が大好きだと気がつきました。
私の息子は、私の背中を見て、建築に憧れを持ってくれるかどうか分かりませんが、私の父がそうであったように、「背中で魅力を語る男」になりたいと思っています。
私達はデザイン性に優れた建物も作れますが、自然素材の気持ち良さは外したくないと思っています。そんな私たちの家づくりに興味のある方は、お問合せください。